経脈第十肺経の解説

目次

  1. 肺経
  2. 解説

 原文省略
経脈(けいみゃく)第十書下し文
 雷公(らいこう)黄帝(こうてい)に問いて曰く.@禁脈(きんみゃく)の言(げん).凡
(およそ)刺(し)の理は.経脈を始めて為(な)す.その行(めぐる)所(ところ)を営
(えい)しその度量(どりょう)を制(せい)し.内は五藏をA次(じ)し.外は六府を別つ.
 願わくは 盡(ことごと)くその道を聞かん.
(注)
@霊枢「禁服第四十八」に以下のような記述があります。
書下し文
「刺の理は経脈を始めて為す.その行(めぐる)所を営し.その度量を知り.内(うち)
は五藏(ごぞう)を刺(さし).外(そと)は六府を刺す.」
経脈を始めと為す:鍼の打ち方の理論は、先ず経脈についての理解から始めることです。
その行く所を営し:(そのためには)経絡の流れる所を管理経営してゆくこと。
其の度量を制し:その経絡の長さや深さや分量を知ること。
A次は順番をつけると言う意味があり、内は順に五臓と連なると言う解釈もあるが、上の「禁服編」にあるように、次は刺と発音を同じとするファミリーワードとみる解釈もある。
この時は内即ち陰経は五臓を治す。

書下し文
 帝曰く.人始めて生ずるに.先(ま)ず精を成(な)す.精成(なり)て腦髓(のうずい)生ず.
 骨は幹(みき)を爲(な)し.、脈は營(えい)を爲し.筋は剛(かたき)を爲し.肉は墻
(かきね)を爲し.皮膚は堅(かたく)而(し)て毛髮長(ちょう)ず.
@ 穀(こく)胃に入り.、脈道以て通じ.血氣乃ち行く.
 雷公曰く.願わくは卒く経脈の始めて生ずるを聞かん.
黄帝曰く.経脈は能く死生を決し.百病に處し.虚實を調う所をもって.通ぜざる不可ず.

(注)
精: 霊枢決氣(けっき)第三十に、精とは兩神(陰陽の事、つまり男女)が交わり新しい肉体が出来る前のものと述べている.
脳髄生:精から脳髄が生じ、順次発生して行きます。(じん(腎は脳に通じる)
穀胃入、脈道通:胃に穀物が入って初めて脈が流れ始め、生命の営みが行われる。下の注@を
参照して下さい。
不可不通:二重否定することで、一層経脈の必要性を強調しています。治療は経絡を上手く流すことです。経絡が正常に流れていれば、病にはなりません。
素問「三部九候論篇第二十」に以下の文が有ります。
「必ず先ず經脉を知り.然(しかる)後に病脉を知る」と有り、病の存在を知るには、経脈を
知らなければならないと説いています。
@穀胃入:これより後天の気で、以前を先天の気。

肺経
書下し文
肺手の太陰(たいいん)の、脈は.@中焦(ちゅうしょう)に起こり.下りて大腸を絡み.還
(かえ)りてA胃口(いこう)を循(めぐ)り.膈(かく)を上り.肺に屬す.B肺系より横に
腋下(えきか)に出て.下りてC臑内(のうない)を循(めぐ)り.少陰(しょういん)と心主(しんしゅ)
の前に行き.肘中(ちゅうちゅう)を下り.D臂内(ひない)上骨(じょうこつ)の下廉
(げれん)を循り.E寸口(すんこう)に入る.魚(ぎょ)に上り.魚際(ぎょさい)を循り.大指(だいし)の端に出ず.
 その支は.F腕後(わんご)より.直(ただ)ちに次指(じし)の内廉(ないれん)に出で.
その端に出ず.
G 是(これ)動ずれば則(すなわ)ち病(やまい)H肺(はい)脹滿(ちょうまん)し膨膨
(ぼうぼう)として.喘咳(ぜんがい)し.I缺盆(けつぼん)の中痛み.甚(はなはだし)
ければ則(すなわ)ちI兩手(りょうて)を交(まじえ)て?(ぼう)す.此(これ)をK臂厥(ひけつ)と爲(な)す.
咳に関する原因と治療方はここおクリックして下さい。  是(これ)G肺を主として生ずる所(ところ)の病は.L?(がい)し上氣(じょうき)し
  喘渇(ぜんかつ)し.煩心(はんしん)し胸滿(きょうまん)し.臑(かいな)臂内(ひない)
の前廉(ぜんれん)痛み.厥(けつ)し.掌中(しょうちゅう)熱(ねっ)す.
 氣(き)盛(さかん)に有餘(ゆうよ)すれば.則ちM肩背(けんはい)痛み.風寒(ふうか
ん)汗出で中風(ちゅうふう).小便(しょうべん)數(さく)にして欠(けつ・あくび)す
.氣虚せば.則ち肩背(けんはい)痛み寒(ひえ).少氣(しょうき)以って息(いき)するに
不足(たらず).N溺色(にょうしょく)變(へん)ず.此(この)諸病(しょびょう)を爲
(な)す.
盛(さかん)なれば則ち之(これ)を寫(しゃ)し.虚すれば則ち之を補(おぎな)い.
O熱すれば則ち之(これ)を疾(はやめ).寒(ひゆ)れば則ち之を留(とどめ).陷下(かん
げ)すれば則ち之に灸(きゅう)す.盛(サカン)ナラズ虚(きょ)せざれば.則ち經(けい)
を以(もって)之を取(と)る.盛(さかん)なる者(もの)は.寸口(すんこう)大なること
人迎(じんげい)に三倍し.虚する者は.則ち寸口(すんこう)反(かえっ)て人迎(じん
げい)より小也.

解説
素問「靈蘭祕典論第八(れいらんひてんろん)」は肺について以下のように述べています。
「肺は.相傅(そうふ)の官(かん).治節(ちせつ)出(いず)焉.」
相は宰相の意味で、君主に代わり政(まつりごと(を補佐する。節は節制にして事を乱さないこと。
肺は気を司る。心身の陽気肺より一身へ助け行う。肺気整う時は栄衛陰陽が整い乱れることはない
。肺が治節をなす理由である。

六節藏象論(ろくせつぞうしょうろん)第九には以下のように記述されています。
「肺なる者は.氣の本(もと).魄(はく)の處(ところ)也.」
(肺は気の根本をなし、魄を蔵している場所です。)とあり、又霊枢本神第八には魄について次の様に
述べられています。
「精に並(ならび)て出で入る者.之を魄と謂う.」
精と一緒に人体を出入りするのは呼吸する事です。つまり肺は呼吸器系を司っているのです。

@中焦:ここは中J穴(ちゅうかん)部であるが、三焦経の中焦のこと。
霊枢「營衞生會(えいえせいかい)第十八」に中焦についての記述があります。
「營は中焦より出で.衞は下焦(かしょう)より出る.
中焦もまた胃中(いちゅう)に並(ならび)て.上焦(じょうしょう)の後(しりえ)に出ず.
此(これ)受くる所の氣は.糟粕(そうはく)を泌(ひ)し.津液(しんえき)を蒸(む)して.
その精微(せいび)を化(か)し.上りて肺脉(はいみゃく)に注ぐ.」とあります。

 穀気は胃に入った後、精微の気は中焦より起こり下りて大腸を絡むのである。
A胃口:任脈の上J(じょうかん)穴。肺経だけが胃口を循っている理由は不明であるが、胃口を
噴門と幽門とする説があり、激しい咳きをすると嘔吐することがあり、それと関係があると考えられる。又喉に指を入れた場合反射的に嘔吐する。
つまり嘔吐は咽頭の機械受容器や胃と十二指腸の張力と化学受容器、などからの求心性刺激を
受け取ることにより引き起こすとされている。
B肺系:気管から鼻までの喉頭や気管支などを含めた呼吸器系をさす。この間の何れかの部分から横に腋下に行く。
経絡の流れは河に例えられています。雲門(うんもん)穴は手を上げて取穴すると、腋下から中府(ちゅうふ)→雲門→上腕二頭筋にスムーズに入ります。
又肩関節の流れは霊枢「経筋第十三」が参考になります。
手の太陰の筋はここをクリックして下さい。 C腋臑内:上腕の内側上腕二頭筋
D臂内:前腕の内側。上骨は橈骨。また尺骨は下骨と古典は表現しています。
E寸口:掌の後ろの高骨(こうこつ)の傍らを動脈の関となす。関の前の動脈を寸口となす。
F腕後:臂の骨のつきる所を腕と言い、その後ろつまり列缺(れっけつ)穴。
G是動病(ぜどうびょう)・所生病(しょせいびょう)  これには多くの説がある。十四経発揮(じゅうしけいはっのでは是動病は経絡の病所生病は
臓腑の病と言い、難経は気の病と血の病に分けている。又外因の病と内傷の病と言う説もある。
難病22難の是動病と所生病についてはここをクリックして下さい。
肺は手の太陰:多気少血。太陰は気が多いの。で経気は浅く流れ、血が少ないので瀉血は慎重にする。
H肺脹滿し膨膨として喘咳:「脹論第三十五」に以下のような記述があります。
「肺脹は虚滿(きょまん)して喘?(ぜんがい)す。」
肺の滿は膈を貫いて胸中に敷く。胸中の気がはり、あえぎ咳き込む。
肺が大きく満ちて来るように感じ、腫れ咳が出る、
I缺盆の中痛む:咳をすると起こる肺尖部の痛みです。強い咳だと、気胸になることもあります。
J両手を交えて?(ぼう)す:眼がくらくらする事で、症状が目に出たのではなく、咳の為に
一過性脳貧血を起こしたのでしょう。咳の時に両手で胸を抱えるのは中国の人の習慣(?)だそう
です。この様な強い咳は鎖骨上窩(缺盆)が痛みます。
 ?(ぼう)す:目がくもってよく見えない意味
K臂厥:前腕を冷やしたたねに生じた気の逆上で、これを正常に流すと。肺の病が治ります。
 厥:つかえてもどす、逆上せる症状の意味
L?(がい)、上氣、喘、渇、煩心、胸満:これらは一連の症状です。咳が出ると気が上り、
逆上します。気が逆上するから咳もでます、この時水も一緒に上がるために痰が喉にからみます。
水が上がって血管内に水分が不足するため喉が渇きます。熱があると動悸を起こし、胸も満ちてきます。
所生病は是動病よりも症状が激しく治り難い病です。
臑臂の内前廉痛:肺経の経路に沿って痛みます。上腕あるいは橈骨神経痛です、神経痛は所生病ですから、治療は困難です。
厥して掌中熱す:厥は経絡の気が逆流することで、手先から冷えて来る。冷えすぎたために自律
神経反射により、ほてること。
気盛んに有余すれば:肺実証のことです。
肩背痛:気管支の反射が肩甲間部(けんこうかんぶ)に現れたもので、この部の痛みや硬結(こうけつ)は肺の虚実症の共通症状です。
風寒汗出、中風:寒気と自汗で表虚症を表わしています。表実は無汗であれば発汗させると改善します。
中風:脳卒中の事ではなく、ここでは風邪の事です。
小便数にして欠す:おそらく膀胱炎で、残尿感があり何度も尿意があるが余り出ない。肺の変動で頻尿になったと思われます。
しかし膀胱炎は肺虚のケースがほとんどなので、肺実とあるのが疑問です。
従って「欠」を欠伸(あくび)とする解釈もあります。
 最近以下のような患者さんを治療しました。
55歳の女性でめまいと肩こりが主訴です。肝虚症で治療中頻繁に生欠伸をしますので、肝虚肺実
に治療方針を代えて、肺経を瀉したところ、しばらくして欠伸が治まり、同時に楽になりましたとの事。
 欠伸をすることで、空気を吸入しようとしたのでしょう。肺経を治療して呼吸が楽になり症状が
治まったものと思われます。
M則ち肩背痛:これは前述の肩甲間部の痛みで虚しても実しても反応が出ます。
寒.少氣以て息するに不足:身体が冷え、呼吸量が減少して息が苦しい。
N溺色變:尿の色が変化します。濃くなるか薄くなるのかは記述されていません。 少氣は呼吸気量が少ないために肺から出る水分量が減少し、尿量が増えます。又冷えがあるため
尿が増えます。従って尿の色は透明に近くなります。
つまり上述のように肺からの水分減少の結果、腎臓に負担が掛かっています。
夜尿症の子供は身体の冷えから、寝ているときに脳下垂体後葉(のうかすいたいこうよう)から
分泌される抗利尿ホルモンであるバソプレッシンが出ないために、失禁をします。従ってこれを治すには
暖めれば解消します。
また老人の夜間尿は抗利尿ホルモンの出が少ないために起こります。これは腎虚です。
O熱すれば則ち之を疾.寒れば則ち之を留:熱があれば即刺即抜し、冷えていれば、鍼を留めます
これは置き鍼ではありません。

大腸経の解説に続く
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