「難経81編」の中で治療に関する編は4編有ります。その中で経絡治療家にとって
最も有名な編は69難と思います。
その理論は以下のとおりです。
「虚する者はその母を補い、実する者はその子を瀉す。当に先ず之を補い、然る後に之を瀉す。」
この69難に記載されている、「虚から治療を始める」と言う理論は、「難経」を
とおして強調されている定理です。
69難以外で治療法を述べているのが、75難、77難と81難です。
特に75難の解釈と治療方法は古来より多くの治療家や研究者によって論争されて来ました。
その切っ掛けになったのが、滑伯仁(かつはくじん)が、1366年に出版した「難経」の
解説書である「難経本義」の中で下記に記述した「不」の一文字を衍文と説いたことによります。
「瀉火補水.欲令金不得平木也」(意訳:火を瀉し水を補うべし。金が木を平げ得ると思っては
ならない。)
しかし、彼は、「不」の字を除き、「火を瀉し水を補えば、金が木を平げ得るなり。」と、
解釈すべきであると、説いたのです。
つまり、彼は「不」の字を写本する時に、間違ってか、あるいは意図的に書き加えた、所謂衍文と
断定したのです。
余りにも偉大なる彼の説は重く、且つ理論的解釈が容易で、多くの人々に理解出来たのではないかと
思います。
従って、この説に対して、誰も反覆するだけの理論的構築をなすことが出来ず、衍文として
現在に至っています。
しかし臨床を続けていると、滑伯仁の説では説明出来ないことが判明しました。
つまり、彼の説通りに行えば、治療は出来ないのです。
「難経」の75難の治療原則は、下に記述したように、平易な文章です。
「東方実し西方虚せば、南方を瀉し北方を補う」
治療理論は説明が不要なほど明白ですが、上述したように「不」の一文字が衍文であるか否かで
治療方法が全く異なる為に、古来から75難は難経81編の中で最も解釈の困難な編と言われて
います。
現在出版されている参考書をみると本間祥白氏著の「難経の研究」(医道の日本社)がこの
75難について最も詳しく述べています。
しかし本間氏も又「不」の字を衍文と解釈しており、同時に補瀉の方法について、「陰経は補法しか出来ない。」と言う概念に固執しているように思われます。
この本間氏の理論を引き受けた福島弘道氏著の「経絡治療学言論 下」の75難の解説も
本間氏と同様に「不」の字を衍文と解釈し、補瀉論の考え方に考慮が足らず間違った解説をしています。
又また著者は75難の症例はほとんど例はないとの理由から、あまり重要な編ではないと述べています。
私の10,000症例以上から証を分別すると、69難型、75難型、77難型、81難型はほぼ同率で有ります。
むしろ最近は75難型と81難型が増えているように思えます。
理由は分かりませんが、炎症性と慢性的な病が増えているのではないかと思っています。
あえて言いますが、もし69難型だけで治療を行っているなら、その経絡治療家は、2割5分程度の
患者さんしか的確な治療を行っていないことになります。
先人たちの偉業を土台にして、更に研鑽を積み重ねる一方、時には、規制の概念から己を開放し
新しい領域に視野を広げるのも楽しいものではないでしょうか。
自分事ですが、以前「75難」の解説に没頭している時、「東方実し西方虚せば、南方を瀉し
北方を補う」で、先ず南方を瀉方しなければならないことは明白なのに、どうしても、「69難」の
原則に違反しない方法が見つからず、考えあぐねていました。
神頼みではありませんでしたが、何か解決出来る方法はないものか、と「難経81編」を読み返す
ことにしました。
有りました。「76難」に解決策が記載されていました。
解凍を得た時の感激は、今でも言葉では、言い尽くしがたいほどです。
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