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この命題と答えに対して、肝実肺虚と肺実肝虚の二つの例題をあげて説明しています。
前者は脈による診断で解決出来る証を述べたもので、
後者は脈診ではなく、病の虚実による診断が必要な証を述べたものです。
つまり、肝実肺虚は脈診で診断可能であるが、肺実肝虚は脈診のみに頼ると誤治を起こすと、警告しているのです。
しかし、何故この81の難で、肝実肺虚の治療法を記載する必要があったのでしょうか。
この難の文頭の警告は、この肺実肝虚の証に対して行ったもので、肝実肺虚の治療法には全く関係ないように思えます。
敢えて、自分なりに理由を考えてみました。
この難では、肝実肺虚の証に対して以下のように肺が肝を平らげると、述べています。
「肝実して肺虚す。肝は木也。肺は金也。金木当に更相平ぐべし。当に金の木を平ぐることを知るべし。」
この治療は「69難」の法則から肺の母である脾を補えば、肺が実し相剋的に肝を抑えることが
できます。つまり、肺である金が肝である木を平らげることができるのです。
一方、75難は以下のように述べています。
「火を瀉し水を補う。金をして木を平ぐることを不得と欲す也。(意訳:火を瀉し水を補うべし。金が木を平げ得ると思ってはならない。)」
この治療法として、肺を補っても肝を平らげることはできないので、心を瀉し腎を補えと、述べています。
75難の症状に対する治療法は、69難の治療法では解消できない為に発案されたものです。
ところが、滑伯仁(かつはくじん)が、1366年に出版した「難経」の解説書である「難経本義」の中で、上述した文章の「不得」の「不」の一文字を衍文と断定しました。
つまり、彼は、「不」の字を除き、「火を瀉し水を補えば、金が木を平げ得るなり。」と、
解釈すべきであると、説いたのです。
上で述べたように肺が肝を平らげるなら、心を瀉し、 腎を補うと言う治療は必要ではありません。肺を補えば良いのです。
「」不「の字を衍文と主張する人は、この肝実肺虚は特殊な症状だから、心を瀉し腎を補う必要があるのだ。」と、反論するかもしれません。
生体反応は「69難」の法則に従います。つまり、肺が肝を平らにできるなら、75難がたの症状は解消できるのです。それができないので、つまり、「金をして木を平ぐることを不得と欲す也。」と、言う注意を述べ、「心を瀉し腎を補えと言っているのです。
何度も言いますが、、肝実肺虚の症状は、69難型の治療では解消できないので、「心を瀉し、腎を補う」と、言う特殊な治療法が考案されたのです。
以上の理由から、滑伯仁の解釈が、75難の治療法を困難なものに変えてしまいました。
そのために、滑伯仁の説を是認する治療家は、75難の治療法を誰も行うことができなくなりました。
何故なら、この69難の変形型では75難型の症状は悪くすることは有っても、決して解消できないからです。
「75難」には、以下の記述あります。
「木実せんと欲すれば、金当に之を平ぐべし。」
これは肝が実しようとした時に、相克関係からこれを抑えようとして肺が立ち上がります。
しかし、肺の力が弱く、肝を抑えることが出来ないので、肝実肺虚と言う病になります。
この治療法として69難型、75難型と未病治療の3種類の治療法が有ります。
「金木当に更(こもごも)相平ぐべし。当に金の木を平ぐることを知るべし。」
この文のように、81難では、肺を補えば、肝を抑えることが出来ると述べられています。
一方、75難では、以下のように述べています。
「金をして木を平ぐることを不得であることを欲す也。」
金を補っても肝を平らげることは出来ないので、「心を瀉し、腎を補え」と述べています。
したがって、75難と81難とでは、肝実肺虚の治療法は異なります。
つまり、81難の編で述べられている治療法は69難型で、「虚すればその母を補う。」の方法で解決できます。
もう一つの例題は、以下のように賊邪による病のはっしょうです。
「肺実して肝虚す。微少の気、鍼を用いてその肝を補ずして、反って重ねてその肺を実す。故に実を実し虚を虚し、不足を損じて有餘を益すと曰。」
この例題の肺実肝虚は脈診では誤治を起こすかもしれないので、病の虚実で診断するように述べているのではないでしょうか。
この肺実肝虚は69難型でも75難型でもありません。賊邪による病の発症です。
69難と75難は微邪による病の発症です。
肺が実すれば、これを平らげようと心が立ち上がります。つまり肺実心虚の証になるはずです。
しかしこの難では、肺が実し肝が虚した証について述べています。
ではこの証はどのような時に発症するのでしょうか。
この編は
実を補い、虚を瀉すような誤治をしてはいけないと述べています。
そして診断は、寸口の脈によるのではなく、病の虚実によるのであると、述べています。
そしてその後に、「その損益奈何。」と、のべています。
これは何の損益を言っているのでしょうか。不明です。
私には、最初から誤治を行うであろうと予測しているように思われます。
そして中工がよく侵すことだと、述べています。しかし、治療を間違っても中工であると、結論するのであるから、たいした損益ではないと言っているのです。何故でしょうか。
本来誤治は大変な失敗です。しかしこの編では著者は中工のよく侵すものだと断定してあまり誤治を非難していません。これは何故でしょうか。
思うに、正確な治療を行うと効果は著しいが、誤治では大した影響はないと言っているのではないでしょうか。
したがって、「その損益奈何。」の質問にたいしてたいした損益はないと答え、中工の程度ではこの治療の神髄は程遠いと述べているのです。
「八十一難曰
經に言う。
@実を実し虚を虚す。不足を損(そん)じて有餘)ゆうよ)を益(えき)すこと無(なかれ)。
Aこれ寸口(すんこう)の脈なりや。
B將(はた)病自ら虚実有るや。
Cその損益(そんえき)奈何(いかん)。
然り。
Dこれ病にして寸口の脈を謂うに非ざる也。
E病に自から虚実有るを謂う也。
F仮(たとえば)肝実して肺虚す。肝は木也。肺は金也。金木当に更(こもごも)相平ぐべし。当に金の木を平ぐることを知るべし。
G仮ば肺実して肝虚し微少(びしょう)の気なり.鍼を用てその肝を不補(ほさず)して.反(かえっ)て重(かさね)てその肺を実す.故に実を実し虚を虚し.不足を損(そん)じて有餘(ゆうよ)を益(えき)すと曰(い)う.
Hこれ中工の害(がい)する所也.」
解説
文頭の@は
補瀉の方法を間違えて、実を補い、虚を瀉してはいけないと、警告しています。
この治療方を行うには、脈診かあるいは病の虚実による診断かを尋ねています。
そしてその答えとして、
脈による診断ではなく、病の虚実によるのだと述べています。
病の虚実についての記述を「難経」の中に見ると
「難経」の16の難には、五臓の疾病を判断する方法が述べられています。それによると、
「病の診断法として幾つかの脈診方が有るが、結局病の内外の症状で判別すべきである。」と、述べています。
又、48の難は、以下のように述べています。
「人の病には、三虚三実が有り、それは、脈の虚実、病の虚実、そして診断の虚実である。」
この81の難で重要な点は、病の虚実による診断と治療だと思います。
@の警告に対して
したがって二つの症例をあげて、治療の際の注意をしている理由を考えるとこの症例の前に
Aこれ寸口(すんこう)の脈なりや。
、
何故二つの症例FとGを記述したのだろうか。
肝実肺虚と肺実肝虚
さもなければ、
「実を実し虚を虚す。不足を損(そん)じて有餘)ゆうよ)を益(えき)すこと無(なかれ)。」
上の記述のような警告に際し、二つの症例は必要有りません。
Aこれ寸口(すんこう)の脈なりや。
E病に自から虚実有るを謂う也。
F仮(たとえば)肝実して肺虚す。肝は木也。肺は金也。金木当に更(こもごも)相平ぐべし。当に金の木を平ぐることを知るべし。
G仮ば肺実して肝虚し微少(びしょう)の気なり.鍼を用てその肝を不補(ほさず)して.反(かえっ)て重(かさね)てその肺を実す.故に実を実し虚を虚し.不足を損(そん)じて有餘(ゆうよ)を益(えき)すと曰(い)う.
Gをあげて具体的に刺鍼の方法を述べ、改めて@の間違いををしないように再確認しています。
しかし、初めから治療はうまく行かないと断定し、そして、
中工がよく侵すものだと、結論しています。
何故中工が侵す間違いなのでしょうか。
53難は、5邪について述べています。
ここで述べている、「肺実して肝虚す」は、勝たざる所より来る賊邪です。
実を実し、虚を虚してはいけないと警告しています。分かりきった事を改めて強調しています。何故でしょうか。
一般的に言って、実を実し、虚を虚するような治療はしないものです。しかしここでは例え、そのような治療を行ったとしても、
「これ中工の害する所也。」と、言って非難するどころか、むしろ、「まあしょうがないか」と言って、もっと研究しなさいと励ましているように思えます。
そしてこの81難型の治療が間違いなく出来れば、「上工」であると言っているのですから、熟考して損はないように思えます。
実を実しめないように、虚を虚せしめないような治療とは如何なる方法でしょうか。
単に「虚する時はその母を補う」と、言った69難型の治療法ではないことは、明らかです。
69難と同じ治療法であれば、この編に記載する必要性は有りません。
参考文献
1.@「難経の臨床研究 病治療編163ページ9から16行。
著者名 勝浦甚内著
出版者と出版年月 武蔵野点字社 昭和57年6月
A同上 163ページ2から6行」
2.B難経の研究275ページ
C同上333ページ
著者名 本間祥白著 井上恵理校閲
出版者と出版年月 株式会社医道の日本社 平成15年6月
3.鍼灸医学典籍集成 3
出版者と出版年月 大阪 オリエント出版社 1985年8月
難経本義大鈔
森本玄閑著第20
点字印刷:社会福祉法人日本ライトハウス点字出版所
4.「経絡治療学言論 下」296ページ
著者名 福島弘道著
発行所 東洋はり医学界事務局
5. 難経解説
著者名 南京中医学院著 戸川芳朗訳
出版者と出版年月 東洋学術出版社 1994年
6. 初めて読む人のための難経ハンドブック
著者名 池田 政一著
出版者と出版年月 医道の日本社 1986年
7. 難経通釈
著者名 八木 斌月著
出版者と出版年月 脉診医学研究会 2007年1月
難経真義
著者名 池田政一著
出版者と出版年月 六然社 2007年
難経の臨床考察
著者名 福島 弘道著
難経本義諺解
著者名 岡本一抱編
出版者と出版年月 東方会 1975年
わかりやすい難経の臨床解説
著者名 杉山, 勲, 1945− 杉山勲 著
出版者と出版年月 緑書房 1998年